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ラジオっていいよなあ



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いやいや
いよいよ12月ですな
師も走るこの季節、街が慌しい季節となりました
もう道がギスギスして、いやなんだよなあ・・・
と言いつつクリスマスとかイベント事多かったりして
そんな時の街が少し好きだったりして

どうもこんばんは、いいよなおじさんです


この間、小・中学生の時に毎晩聞いとったラジオ番組が一夜限りの復活を地元で遂げたと聴いて
うっそー、知らんかったよ、聴きたかった・・・

ワタシ、かなりのラジオっ子でした
小さい時オカンがメシ作りながらラジオ聴く人で
メシ食う時も小さい時はテレビは見せてもらえずラジオで
テレビ見ながらメシ食うようになったの、中学入ってからかなあ

その影響で
部屋にラジカセ置いとったもんで
テレビは遅くまで見とると怒られるけど
部屋帰ってラジオ聴く分にはまあそんなには

母方の家がそもそもラジオ文化だったんですな
レトロなトランジスタラジオとかあったりして

それでラジオ聴いたりテープ聴いたりガシャガシャやっとった訳ですよ

地元の深夜ラジオ、ANN(オールナイトニッポンね)、歌うヘッドライト、ミュージックスクエア・・・
色々聴き倒しましたわ
深夜ラジオとかFMの一押しバンドとかグループとかの情報もここから手に入れたりして
正直な話、俺がL⇔Rとかスピッツとかに注目しだしたのはラジオからでした
しかも全然売れる前にね(ちょっと自慢)


何が言いたいかというと

もうお判りか


今日16時から
FM千里でROCK BREAKERS!!



今週は射延博樹さんのRadio Poundsもあるよ!!!


サイマルラジオの予約録音を先ほどソフトDLして設定しましたが
うまくいくのだろうか・・・・・
# by writingonthewall | 2013-12-01 02:24 | 雑記

ゆうべのひとこま

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どうもトミーです
お疲れ様です


ゆうべはスタジオの後打ち合わせと称した飲みへ
ヒデノリ氏、顔わからんけどミズマキと中野の焼肉屋へ

もう一軒行った後始発待ちにうってつけのナカムラマン&ヒデノリ宅へお邪魔

ロフト、こんな広かったのか…
ヒデノリルーム、超居心地よさげでした
# by writingonthewall | 2013-11-19 20:26 | 未分類

拝啓 天白ばあちゃん殿 ~一周忌~


2011.11.15

11/15で天白ばあちゃんが亡くなって1年が経ちました
前からこの日は休みだったのでお参りに行こうと決めてました
やっぱ死に目には会えなかったからね、これは行かないと

本当は先週土曜に身内で1周忌やったみたいで、それには仕事の休み合わせれなかったんで
んで個人的にやっぱりちょうど1年たった15日に挨拶したくて


でも1年たったけどやっぱり現実受け入れきれないね
チャリ通勤の途中ふと思い出して、ipodからばあちゃんの思い出に繋がるような曲かかったりすると涙出てくる
とにかく声に特徴あったからそれが今でも頭の中に渦巻いてる
小さい頃一人でバスで帰る時、おじいちゃんがバス停連れてってくれるもんで家の前で見送ってくれるんだけど
振り向いたらいつまでもこっちを見て手を振ってくれて
何度振り返ってもこっちを見てくれて手を振ってくれて

叱られた記憶ほとんどないもんね、
確か1回だけちょっと叱られたようなことあった気がするけど
でもほんのちょっと
やっぱ孫はどんな奴でもかわいいんだろうなあ笑

今回は東京から直接天白行って
笠寺からタクシーで行ったんだけど
笠寺に近づく程になんか去年の葬式の事思い出されてため息が出て
そいや去年もえらい寒かったな、コート着ていったもんな・・・とか


天白着いて
おじいちゃん、同居している母の妹夫婦と談笑
お供え物もして仏前にご挨拶して

ちょうど妹夫婦の息子夫婦が2歳の娘『のんちゃん』連れてきとって
みんなに愛されとった
おじいちゃんも『のんちゃ~ん』なんて目細めとって

それ見ててなんか俺の小さい時にもこんな感じの声のトーンで話しかけてくれとったな、なんて思い出した
ともひろや~、ともひろや~、なんつって


おじいちゃん、元気そうでよかった
まだまだ食欲もあるみたいでシュークリーム食ってた

俺の前だから少し無理してるんじゃないのかな、とも思ったけど
でもそうでもなかったみたい

おじいちゃん、まだまだ頭も結構冴えてるね
時々話が通じない時もあるけど、
新聞もちゃんと読んでて色々世間の事も知ってて
オレの仕事の話なんかも「でもこういうときはこういう事されるんじゃないのか?」なんて俺が『なるほど・・・』と思うようなことも言ってたし

叔母が図書館から借りてきたという『東京下町散歩』みたいな本最近読んでるみたいで『ここは知ってるか』とか『ここはバスで走るのか』とか聞いてきて
俺もここはまさにうちのバス路線だわ、とかここはすぐ近く走るよ、よく道聞かれる、とかできるだけ具体的に話して

おじいちゃん、昔から散歩が好きで
元気な頃は朝から片道10キロくらい、天白川沿いに散歩しとったらしい
よくそんな話聞いとったし、なんか昔よくハガキくれたんだけどそれにもよお書いてあった

そういう史跡めぐりみたいなん、好きなんだよね


本当はこういう東京の史跡めぐり、したいんだろうなあ
でももう足腰厳しいし難しいだろうし
それをお互いに分かってるんで、なおさら俺も一所懸命、話してきた

連れてってあげたいよ本当に
なんとかして

もっと元気なうちに、
オレが東京でてすぐくらいにでも連れてってあげりゃよかったな


あっという間に時間が過ぎてって
俺の後の予定があったこと、あんま長いするとじいちゃんも疲れちゃうだろうしってことで天白を後に

最後におばあちゃんにも挨拶して

おじいちゃん、今回は泣かなくてよかったよ


おばあちゃんにはなんも孝行できなくて逆に心配ばっかかけちゃったから
おじいちゃんにはできることやってあげたい

今一番できるのはできるだけ顔出して話すこと、なのかな


また今度行ったら東京史跡の話とか、しようかな

またね、おじいちゃん、元気でいてくれよ
またね、おばあちゃん、また会いにくるよ


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ふーーー

今日もあったんだよなあ

バス停で孫二人を見送るおばあちゃん

両方に100円ずつ渡して

多分いつもの行事みたいなもんなんだろうね、お見送りってのが

孫二人とも普通に乗っかってきておばあちゃんを振り返りもせん

『そこにお金入れるんだよ』『気をつけて帰るんだよ』

繰り返すおばあちゃん

ドア閉まっても手を振って

バスが走りだしてもずっと孫二人を見つめて手を振っているおばあちゃん


もう
フラッシュバックしてまってなあ
日が日だし


なあお孫ちゃんたち

いつかこの日が
もう二度とこないことを
もし追い求めても二度と手に入れれない瞬間だってことがわかる時がくるよ

だから
だからさ

当たり前の事のように思っとるんだろうけど
絶対
絶対に

心に
刻み込んでおいてほしいんだ

おばあちゃんの

キミ達を見送る
その姿を

ずっと
キミ達の姿が見えなくなるまで

手を振り続ける
その姿を


求めても
もう二度と手に入らないものなんだからさ
俺にとっては
# by writingonthewall | 2013-11-16 01:20 | 雑記

拝啓 天白ばあちゃん殿 ~初七日~


2010.11.17

水曜は気持ちの整理つかんまま新幹線へ。
ひっさしぶりに乗ったけどまさかこんな機会とはな。
と車内でタバコ吸ったり麻雀の本読んだりしてもなんか落ち着かず。

名古屋駅で乗り換えて夕方笠寺駅着、タクシーで斎場へ。
着いたらいとこのあっくん夫婦が受付しとってうちの兄貴夫婦もおったで合流して。
奥の親族控え室にみんなおって。もうこのへんからどの面さげていったらいいかわからんかったけど。
とりあえず親族はみんな落ち着いた様子だったでよかった。
おじいちゃんもちょっと元気なかったけどまあ大丈夫そうで。

BGMはおばあちゃんがここ最近ずっと好きで、足腰まだ元気だった頃はコンサート行っとった氷川きよしをエンドレスで。

段々町内会の人々、うちの親父のお兄さん夫婦やら集まってきてお通夜開始。

今はスライドショーなんか流して在りし日を偲ぶんだね。昔アルバムで見た写真やら、俺がガキの頃のおばあちゃんの姿や最後に写真撮った時(うちの兄貴夫婦の新築祝いにうちの両親と行った10月)の姿なんか見て。
段々目頭熱くなってきて。

お通夜終わって希望者はおばあちゃんの顔見れるんだけど俺どうしてもいやで。姿違うおばあちゃん見るのやっぱ認めたくなくて。
うちのおかんが「おばあちゃんの顔見た?」聞くで「いや、別に今日じゃなくてもいいでしょ、明日が本番なんだし」言ったらおかんも悟ったんだろうね、ちょっと潤んだ目で「見たってよ」言われて。
まあこれ以上やりとりしたらどっちも泣いてまうな・・って見に行って。

そしたらこれがまあ普通の寝顔なんだな。
ちょっと死に化粧言うのかな?しとるで蝋人形みたいな色しとるんだけど、おばあちゃん出っ歯だもんで口少し開いて寝るんだよね、そのまんま。
ややもするといきなりでっかい目開けそう。

はれ?思って。
いや、これやっぱり死んどらんのでないかな別に、と。
なんかその辺からいつもの割烹着で背中丸めてでかい目あけて出迎えてくれるんでないかな、と。
そんぐらい普通の寝顔でした。

夜になって俺と両親、母親の妹(うちの母方の祖母なので)夫婦がそのまま斎場に止まることに。控え室でメシ食って酒飲んで。タバコ吸いに行ったら
おじさんがぽつぽつ今回の顛末話してくれました。

元々先週の金曜の夜、おばあちゃんがいつまでも風呂からあがってこんもんでおばちゃんが様子見に行ったら風呂場でうめき声がして。開けたらおばあちゃんが洗い場にうずくまって寒い寒い言っとって。すぐ救急車呼んで。
土曜は本当やばくて医者からも覚悟するよう言われたらしいんだけどそっから持ち直して日曜にはICUから一般病棟移るくらいまでになって。
おじいちゃんとかいとこもみんな日曜には会いに行ったらしい。
月曜の夕方なんか喉につまるから水が飲みたいと言い出して(年寄りだもんでよく物が喉につまりやすい)。ちょうど看病をうちのオカンからおばさんに交代する時だったもんでちょっとみんなが目を離して気がついたらもう痙攣が始まって・・・医者ももう手遅れとのことでした。

平成22年11月15日月曜、午後6時5分。
大動脈瘤破裂。

俺が言うのもなんだけど。本当に万人に愛される人で嫌いな人なんかおったんかな?という人でした。いつもクセなく明るいし真面目だしよく働くし。
お坊さんも言っとったけど独特のダミ声に特徴あって。だで尚の事今でもあの声が聞こえてきそうなんだよなあ。

通夜の夜ちょっと不思議だったのはおばあちゃんの顔見たりしながらもう寝るわーとか言っとったんだけど俺一人でおった時急に家紋映すモニターが点滅しだしたんだよね。朝には直っとって。斎場の人そんな直す時間あったっけなあ・・俺が来たでおばあちゃんなんか合図送ったんかなあ・・・とぼんやり思ったり。

んで朝になり告別式始まって。
一番きつかったんはおじいちゃん気力振り絞って最後のお別れにきて。
棺桶の蓋閉める前泣きながらおばあちゃんの顔なでておでこにチューしてずっとありがとうありがとうって。もうみちゃおれんかった。
出棺の時もじいちゃんがおばあちゃんの声ずっと呼んどって。
あれは当分頭離れそうにないわ。

一緒に八事の火葬場行ってお骨拾ってまた斎場戻ってそのまま初七日やって。

ひとまず天白ばあちゃんは家の祭壇に住むことになりました。

少しは吹っ切れたけどまだまだ心の中が重いというかしこりがあるというかぽっかり穴が開いとるというか。

当分俺は、普通におばあちゃんがふらっと現れるとどこかで思いながらすごし続けると思います。
# by writingonthewall | 2013-11-16 00:54 | 雑記

拝啓 天白ばあちゃん殿 ~きゅうりの漬物~


おばあちゃんがいなくなって昨日で丸3年だってよ

初めびっくりしたよ、ライブの次の日で家でゆっくりしとったら
うちのオカンから
『おばあちゃんが今日、急に亡くなりました』ってメール来たんだもん

もう信じられなくて、とりあえず家飛び出したもんね


そん時の心情を書き殴ったっけな
もちろんバンドブログにそんなこと書けないから別のSNSに書いたけど

もう今は個人ブログだ、再掲してもいいよね

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2010.11.16

今日すごい冷えるな、それにしても。

昨日なんて日は色々ありました。
俺の大好きな大学バスケの先輩夫婦に待望の一粒種が誕生しました。
めでたい!めでたすぎるぜ!!
これからも末永く御幸せに・・・

そして神様は、いや俺はあまり神様なんて信じてないんですけど。
俺の大好きな人たちに新しい生命を与えて、そして俺が大好きだった「天白ばあちゃん」を天国に連れていっちゃいました。

最後に会ったのが9月かな、夏休みで帰省して顔出しに行って。
母方のおばあちゃんなんだけどおじいちゃんもまだ健在で。でもじいちゃんの方が数年前からガンやったりと色々体調優れなくて。んで二人とも夏風邪引いて長引いちゃってうちのオカンから「ちょっと今回は体調悪いから会えないかもよ~」なんて言われとったけど。でも行ったら笑顔でベッドから二人で起き上がってくれて。

俺昔からおばあちゃんの作ってくれたきゅうりの漬物が大好きでいっつも天白行ったら食ってて。
うちのオカンが同じの作ってくれたりしたんだけどまるで味が違う。
同じでおばあちゃんが作ってくれたものはおにぎりにしても即席ラーメンにしてもまるで味が違う。魔法の料理の腕でした。

俺も少しは料理できるで東京出てきてからざっとレシピおばあちゃんに聞いてきゅうりの漬物作ってみたりしだんだけどどうしてもあの味が出んくて。
だでその帰省の時に聞いたら味の素を結構入れると教えてもらって。んで東京帰ったらかなり味近いのが作れて。帰る前におばあちゃんが「今度寄る時教えてくれとったら作っといてあげるよ」なんて言ってくれたから俺も「んじゃ俺も作ってって味比べだな」なんて思っとった。

暮れに短いけど休みあるからそこできゅうりの漬物持ってって新年挨拶がてらまた顔出そうかな、と思っとった矢先の出来事でした。

顔出すと俺もう30超えたのにお小遣いやるって聞かないおばあちゃん。
小さい頃俺には北島三郎に顔そっくりに見えてしょうがなかったおばあちゃん。
小堺一機のことをずっと「こさかいいっき」と呼んで聞かなかったおばあちゃん。
耳が遠かったのに10年ぶり?以上に耳鼻科言ったら先生があきれるくらい耳クソ取れてめっきりテレビの音が小さくなったおばあちゃん。
俺が大人になって車で天白行くようになったときには心配だったのかちょっとくるの遅いと「もう家出た?」と実家に電話くれたおばあちゃん。
俺が小さな頃はバス好きで一人でバスで天白から帰った時いつまでも家の前で、バス停の前で見送ってくれたおばあちゃん。
最近はめっきり腰曲がって白髪になったおばあちゃん。
俺が大人になってから天白行くといつも「顔ツヤよくなった」と太ったのを嬉しがる(俺ガキの時肥満児だった)おばあちゃん。
んでいっつも俺の金髪のことを「赤髪」言ってあとはそれだけ直せばええよ、あんまお母さんに心配かけたらかんよ言ってくれたおばあちゃん。
おばあちゃん。
おばあちゃん。
おばあちゃん。

気持ちの整理なんかまるでつきやしません。
正直なんかしとらんと落ち着かんくてしょうがない。
いつかはくるもんですけど、今は全く受け入れられません。
年甲斐もなく、あわててオロオロしとります。
明日がお通夜で今日は特に何もすることがなく、余計落ち着きません。
礼服見に入った服屋で、たまたま見つけたで入ったドコモショップで、人の優しさが身に染みてたまらなくなります。

俺こんな弱い奴だったんだなあ、全然大人になっとらんわ、身に染みて思います。いつもバンドで、仕事で俺に真実を教えてくれ、見せてくれ、言っとるくせにね。
ひっさしぶりに「辛い」という気持ち味わってます。

仕事場には無理お願いして今日から休みもらって。
仕事のお師匠さんから朝電話もらって不意に「お前多分おばあちゃん子だっただろうから」と見透かされた時、あふれる物を止められませんでした。

とにかく、今は喪にふくしてます。
いつかは受け止めなければならん現実、受け止めます。
んで懐かしい話に花を咲かせてきますよ。

どっか旅行に連れてってあげたかった。
きゅうりの漬物、また食いたかったな。

死に目に会えなくてごめんね、おばあちゃん。
俺はガキの頃からの夢叶えて今バスの運転手です。
本当おばあちゃん孝行できなかった思う・・・本当ごめん。

墓前でそう思ってきます。
# by writingonthewall | 2013-11-16 00:50 | 雑記